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09/10/2010    マンガで読む日本史
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100910-00000009-mantan-ent


これ、買っちゃうかもだwww (゚∀゚)


私の記憶が正しければ・・・ヤマトタケルって『いなばの白兎』の昔話(?神話?)に出てきてたよね? (’’
あと、某ゲーム『ド○ゴンナ○ツ』(ちなみに原作はエ○ゲ)では勇者の父だったよね?ww(知ってる人、プレイしたことあると言う人はこっそりコメしてくれw)

あと、額田王で思い出すのが、高校の古典の授業だかで先生が教えてくれた短歌とそのエピソード
以下、その時聞いたウンチクです
興味ある方はどうぞ (・∀・)
額田王が詠んだ有名な短歌に

あかねさす紫野(むらさきの)行き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖振る

というのがあります
額田王と天智天皇と大海人皇子(後の天武天皇)は三角関係にあったとかって話なんだけど・・・。↑の額田王の短歌に対して天武天皇が

むらさきの匂へる妹を憎くあらば 人妻ゆゑに吾恋ひめやも

と返した(反歌)とか・・・。
この歌を詠んだ時の歌会の上座は天智天皇。つまりは大海人皇子の兄さん(この時額田王は天智天皇の妻でしたが、その前は大海人皇子の妻であったのですw)
そして天智帝亡きあと壬申の乱へと続くのですが、その時対立したのが大海人皇子と大友皇子(天智帝と額田王との間にできた子)ですb
さらに言うなら、天武天皇となった大海人皇子は鸕野讚良皇女を妃に迎えるわけですが・・・この鸕野讚良皇女というのが天智天皇の娘にあたり、後の持統天皇となります(大友皇子の腹違いの妹でもあるわけですが・・・)
ちなみに、彼女以外にも数名、天武天皇の妃となった天智天皇の娘がいます


・・・ちょっと自分でも記憶が曖昧なトコあったので、wikiでググったりしましたw
なにかいろいろと違ってたらスミマセン(汗

ぁ、歌の意味まで載せるとか、そんなサービスないからね。気になるなら自分で調べてね (^し^)(ぁ


なんというか・・・いろいろ想像すると今の昼ドラも真っ青な修羅場ですよね (´-`;) ←
そんな修羅場っぷり(?)をあの、『のだめカンタービレ』の二ノ宮知子さんが描くのかと思うと、なんだか楽しみです
嫉妬した天智天皇とか天武天皇とかがのだめのように「ムキーッ」とか言ってたらちょっと笑えますね(笑)
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