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03/18/2011    報告
リビングがある程度片付き、夕べは繋がらなかったネットも試しにパソコン起動してみたら繋がった・・・

こんにちは、沙那です
震災被災地・宮城県某所よりお届けします

何から書いていっていいかわからない
まだちょっと混乱してるのかも
とりあえず無事です

幸いにも我が家はリビングの食器棚が倒れ、食器が散乱した程度で(テレビとか冷蔵庫とか確かに位置は動いたけど)、昨日から電気も通りました!
水道は地震が来たその日もちょっと水が出てたし、ガスはプロパンガスということもあってか翌日くらいからは特に問題なく使えた


地震発生当日
私は美容院から帰ってきて――12時に予約してて、終わってからちょこっと買い物して、家に着いたのが2時半近かったと思います――お昼がまだだったので、前の晩の鍋の残りとお冷で済ませようと準備し、食べ始めた矢先だった
家が揺れ始め、部屋中に鈍いブザー音のような鳴り響いた。それが携帯からの地震通知(?)の音であると気がつき、「初めて聞いたわぁ・・・」と変な感動をしつつも、とりあえず部屋を出て廊下へ
3日ほど前も地震があったので(前のブログでも書いてたね)、最初の揺れで「その時と同じくらいだろうか?」とか思ってた。「でも携帯が鳴ってるからかなり大きいのかも・・・!?」そんなことを思いつつ大きい揺れを覚悟した
ストーブがつけっぱなしであったので止めに行き、再び廊下へ
もどったとほぼ同時くらいにすごい揺れ
ガタガタと鳴る音、食器棚が倒れガシャンと食器が割れた音がする
廊下の壁に寄りかかるようにしてひたすら座り込み、揺れがおさまるのを待った
ストーブを消しに行くタイミングがちょっとでも遅かったら、倒れてきた食器棚で怪我をしていたかもしれない――後でそんなことを思ってちょっと怖くなった
ちなみに買い物をしていたジャスコの2階も天井が落ちたとかで・・・私もまさに2階で買い物していたので、「帰るタイミングがもう少し遅かったら」と思うと怖い。お腹すいてたので2階のフードコートでお昼食べてから帰ろうかとも思っていたから

揺れがおさまり外へ
ご近所さんも続々と出てきた
「大丈夫でしたか?」「怪我ないですか?」お互い声をかけあい、無事を確認
その日は旦那が車を使って出社していたので、とりあえず玄関で帰りを待っていた
家から毛布などを持ち寄って、雪も降ってきたのでみんなでアパートのエントランス部分というか、雪が凌げる集まって今後の避難場所についてだとか話たり、お互い家族を待ったりしていた
「会社にいるのだろうか?それとも他の事業所回ってるのだろうか?運転中で事故とかに遭ってたらどうしよう・・・」
不安ばかりが募っていく
午後4時頃?5時近かったかな?旦那が車で戻ってきて、とにかくほっとした
その日は家の中から残ってたパンだとかを持ってきて、車の中で夜を過ごした
アパートそのものが無事だったというのと、トイレが使える(流せる)というのと、何より車の暖房で寒さが凌げるというのが大きかったからだ。避難所はおそらく人がいっぱいだろうし、そこに行くよりは車中で一晩過ごしたほうがまだ気楽で暖かいと思ったから


これまた幸いなことに、我が家は石油ストーブを使用していた
寝室は特に問題なかったので、寝室にストーブを持って行き、2日目以降は寝室で過ごすことにした
日中は旦那は会社での作業(瓦礫だとかの撤去や社員の安否確認など)
お隣さんから「圧力鍋ある?それでお米炊けるよ」と教えていただき、さっそく実戦。あってよかった圧力鍋!!
白米の美味しさに泣きそうになった(笑)

手元に現金がいくらかあったのも幸いした
行列に並ばなければならなかったが、せんべいやインスタント食品、チョコレートなど、なるべく日持ちしそうなものを選んでいくつか購入できた
ご近所さんからもいろいろ頂いたり、こちらからもあげたり。近所付き合いの大切さを改めて実感できた

灯油には限りがあるし、今度いつ購入できるかわからないのので、昼間はなるべくつけないでコートを着込んだり、湯たんぽを布団の中に入れてコタツのようにしてみたりで寒さをしのいだ
電気はまだ通ってなかったので、夜6時には暗くなるしやることもないのでベッドで就寝。皮肉にも早寝早起きの生活ができていた

重宝したのが、旦那が会社からみんなに至急されたという手巻き式充電ラジオ。阪神大震災のときだったかな?社長が社員全員に配ったという物
ラジオがついてるし電灯もある。おまけにサイレンも鳴らせる
旦那曰く、「もらったときは『こんなのいらねーよww』とか思ってたけど、まさか活躍できる日がくるとはなぁ」と(笑)
私自身もこれはオススメする!頑張れば携帯も充電できるよ!!手巻き式だから電池いらないしね


昨日電気が来たときはまじで「キタ━━━ヽ(*´∀`)ノ ━━━!!」って状態だったよww
お湯が使えるのがすごく嬉しかった!あとお風呂も超気持ちよかった!!
さて、私の実家は実は岩手県・大船渡にある
テレビとかでも報道されてご存知の方も多いかと思うが、津波の被害が大きかった地域の1つである

携帯はもちろん繋がらなかった
実は地震が来る前、美容院からの帰りに母と電話で話しながら帰ってきたんだよね・・・
「あの時何話したっけ・・・おかあさんどこにいるって言ってたっけ?家?家にいたよね?」
地震発生後、そういったことが思い出せなかった

母の住んでるところの、海岸側の地区が壊滅という情報が入ってくる
「実家はわりと高台のほうにあるけど、地震で家が倒壊してないだろうか?あれ?大船渡って震度いくつだっけ?」
いつも行くスーパーにでも行ってたら・・・きっとあのあたりは津波にで飲まれたかもしれない・・・
不安と「きっと大丈夫だよ」という気持ちとが交互にやってくる

2日目、3日目かな?
幼馴染からの報告で無事であることを知った
公民館に避難し、そこで寝泊りしているとのこと
・・・てか、幼馴染よ。盛岡からよくぞ行った!てか、よく行けたな・・・。道路大丈夫だったのかな? @@;
とにかく情報くれた幼馴染には感謝します。彼女の両親も無事で良かったよ ・゜・(PД`q。)・゜・
地元にいた高校時代の友人からも無事のメール届いたし、ちょっと一安心です
一方でまだ連絡とれてない親戚がいるので、そちらも不安だ
石巻と多賀城にいるおじさん、おばさん・・・(津波の被害があったとこと、コンビナート火災があった地域)


昨日、おとといくらいから、強盗事件も発生して治安が悪くなってきているらしい
市内のコンビニが襲われたとか・・・
正直怖い。でもそれだけみんないろいろ限界がきているんだと思う


――ごちゃごちゃしたまとまってない内容になったけど、私の近況はそんな感じでした



心配してくれた方、本当にありがとう。私は無事だよ

そして、各地・各国からの温かい支援と応援
私が言うのもあれだが、一被災者として本当に感謝しています。本当にありがとう!!
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