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05/15/2011    ふるさと
法事で実家に行ってきたよ
本当は法事は4月中にする予定だったんだけどね、母も忙しかったしお寺さんとも連絡とれなかったしで(お寺も津波の被害にあってた)、ずっと伸ばし伸ばしにしてたんだ
ちなみにお寺のあるこの地域、昨日だか今日になってやっと電気がきたそうだ。でも一般電話回線はまだ不通のままなんだって

2011051510510000.jpg
お寺の敷地内。お墓のある高台あたりからズームして撮影
津波が来る前の景色は、こんな風にはっきり海なんて見えなかったよ
だって、民家が広がってたから・・・

海は何事もなかったかのように綺麗で穏やか
牙をむいて何もかもを壊していったなんて嘘みたい


2011051516450000.jpg
車中からの撮影でわかりにくいかもしれないが、とある橋の上からの風景。海岸からは5kmくらい離れてると思う
写真右端の方に見えてるのは海ではなく川
川を遡って津波が押し寄せてきたんだよね
こんなところまで被害にあうだなんて誰が想像できただろう


地元にいる高校時代からの友人が、「津波の被害うけたところとそうじゃないところで景色がまったく違う。急にがらっと変わってしまうので見るたびにいまだにショックを受ける」みたいなことを言ってたんだよね
うん、本当にね、景色が急に変わるんだよ
「え?こんなとこまで津波きたの?」ってとこに瓦礫があったりでさ
例えば、うちの実家はわりと高台にあるんだけど、実家近所は全く何も変わってないんだよね。でも実家から歩いて2、3分――坂をちょっと下ったあたりの民家は津波を被って家が壊れてる
民家の屋根に車が乗っかってる光景はテレビの中の出来事じゃなかった
海岸は地盤が沈下してて、「あれ?ここ海じゃなかったよね?」てとこが海になってた
子供の頃髪を切ってもらった床屋さん。海岸のすぐそばにあったんだけどね、そこはもちろんもう跡形もなくてさ、母の話だとそこのおばちゃんまだ見つかってないとか・・・・・・おばちゃん、逃げなかったのかな?(´;ω;`)


実際見てみて感じたのは、大船渡市内は建物や家はかなり残っていたように思う
(残ってたっていうのは建物の中を津波が通り抜けていったって感じの残り方ね)
帰りは陸前高田の町中を経由して帰ったんだけど(行く時は迂回して裏道のような山道を越えていった)・・・本当に何もなかった。「町が1個津波に飲まれて消えた」って言っても過言じゃないと思う・・・いや、そういった表現すら実際目のあたりするまで思いも付かなかったというか想像もつかなかったというかさ
私自身も何度か高田に買い物行ったりしてたけど、こんなに津波の被害受けるだなんて想像つかなかったよ。「認識が甘い」とか言われたらそれまでなのかもだけど・・・まさか町中まで津波襲ってくるなんて本当に想像つかなかったんだよ!町1個消えるとか考えたことなかったもん
そこに何があったのか、今どのあたりを走ってるのか、正直ほとんどわからなくなってた
瓦礫は20年分くらいの量があるとか言われてるし、復興には果たして何年かかるのだろう?
もしかしたら瓦礫の下にはまだ遺体があるのかもしれない


京都から来た自衛隊の車ともすれ違ったし、ボランティアの方々を乗せたらしきマイクロバスも見かけた
作業をしている自衛隊員の方の姿も見かけたよ
本当に頭が下がる。感謝しても感謝しきれない。本当にありがとう!そしておつかれさまです!!


余談ですが――
とある国のボランティアの方(海外救助派遣の方か?)は、遺体を見つけると指を切断したりして身につけていた指輪なんかを持っていったりしてたそうです
そういった行為があまりに酷いので3月20日には国に帰ってもらったそうだ

それと、避難所となっている市内の中学校(?)に里見浩太郎さんと内藤剛さんが慰問に訪れたそうだ
気仙沼や石巻に行ってる芸能人ばかりが話題にあがってるようだけど、大船渡や高田にもいらしてくださるんだね
遠路遥々、本当にありがたいね


もっといろいろいろ語りたいことはあるのに、うまく言葉が見つからない
私の拙い文章と下手な写真でどれだけ伝わったのか・・・・・・
今のこの季節はホヤがおいしい季節なのに (´;ω;`)
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